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DV(ドメスティックバイオレンス)といえば家庭内で夫から妻へ理不尽にむけられる暴力の総称と広く認知されているが、いまや若い世代にもその暴力の模倣とも言えるデートDVが根付いている。
婚姻関係の無い恋人間での暴力なのだから「なぜその状況から逃げられないのか?」という素朴な疑問は当然湧いてくる。
しかしことはそう単純ではないことが本著を読む中で明らかになってくる。
「私は自分が彼からされていることを暴力だと自覚できませんでした。(中略)命令されるとあか、嫉妬されることは愛されているから、かまってもらっているからだと錯覚してしまったんだと思います。」
「別れるのではなく、彼が変ってくれること、暴力をふるわなくなることを期待していたんです。」
などの被害者の女性達の声は、DVに苦しむ妻たちの声と同じだ。 本著ではデートDVって何?からはじまり、DVの起こる原因、そこに潜む病巣 そしてそこからの脱却 本当の愛とは・・・まで懇切丁寧に解説、提案している。
巻頭に漫画を持ってきて若い人にとっつきやすい構成にもなっているだろう。
真剣に、意識的に熟読すればデートDVからの脱出をはかれる若い人も多いであろう。とは思いつつも読後なにかとてつもなくやりきれない気持ちになる。
それは何か。
「解決方法をマニュアル化されなければ、気づいたり、行動する力さえ獲得できない状況に陥ってしまう若い人が増えているのか・・」
という絶望感のようなものだ。
それは結局、社会全体が「自己決定の意思を奪われている」という状況に他ならないということだろう。
情報は溢れている、書店にはマニュアル本、HOW TO本が例外なく平積みされている。
しかしその情報から本当に自分に必要な情報をキャッチし、実践できる人間はどれほどいるのだろう。
「自分で考える」「自分で選ぶ」ということを放棄した大人に育てられた子ども達が、例えばデートDVのような状況に陥った時、「わたしさえ我慢すれば・・いつか状況は変る」と思い込んでしまうのはある意味当然ではないだろうか。
本著では恋人との関係作りの再構築に役立つ会話の進め方なども「練習」という形で提案している。
しかし練習が必要なほどコミュニケーション能力が欠落している社会全体の問題についても、同時に考える必要性を痛感した
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