■シーラという子〜虐待されたある少女の物語〜

トリイ・L・ヘイデン著  入江真佐子訳 早川書房

―ある 11 月の寒い夕方、 6 歳の少女が、近所の 3 歳の男の子を連れ出し、その子を植林地の木にしばりつけて火をつけた−

あらゆる障害児教室から見放された、自閉症や強迫神経症の子どもたちを受け入れてきた情緒障害児学級の教師トリイ(著者)は、この 6 歳の少女をも自分のクラスに受け入れることとなる。

少女の名はシーラ。艶のない髪に敵意むき出しの目をし、ひどい臭いをさせるちっぽけな子ども。決してしゃべらず、泣きもせず、何かをやらせようとすると、怒り狂い金切り声をあげて大暴れする。

経験豊かなトリイでさえ、こんなに扱いにくい子どもははじめてであった。

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この本の主人公であるシーラは、家庭内暴力や貧困、そして母親に道路に遺棄された上、性的虐待にもさらされ、それでも生きぬいてきた実在の少女です。

たった6歳の少女がこれほどまでに過酷な状況にあったという現実が、まず読む者を愕然とさせます。ましてまだ「虐待」というものがアメリカほどクローズアップされていない日本に住む者としてはなおさらです。

著者で教師でもあるトリイがこの少女のことを忘れたくない、と記録として残しておいたものが結果的に出版され、ベストセラーとなりました。

トリイがこの少女に対して特に思い入れを持ったのは、シーラが背負った過酷な運命とともに、その非凡な感受性と存在感によるものも大きいと思います。

IQ190以上という天才児ともいえる知性を持つシーラは、ある場面では 6 歳にしてすでに大人以上の洞察力を見せます。

今まで身近には決していなかったタイプの大人=トリイから、無条件の愛情と安心を序々に受け入れるようになったシーラは、ある日、愛読書「星の王子さま」を読みながらこう問いかけます。

 

「トリイはあたしを飼いならしたんだ。王子様がキツネを飼いならすように。

ちょうど同じように、あたしを飼いならしたんだ。だからいまのあたしはトリイにとって特別なんだ。そうでしょ?」

「そう、あなたは特別よ、シーラ」

そしてまた

「トリイはあたしにシェキニン(責任)がある。あたしを飼いならしたんだから、いまじゃああたしにシェキニンがる。そういうこと?」と。

 

シーラは生まれて初めて知る愛情と保護のもとで、またそれに比例するほどの不安を感じていたのは明らかです。

人を信じてはいけない、信じると裏切られる。でもこの暖かい目と手で包んでくれる先生は、もしかしたらキツネ(自分)の王子さま(先生)かもしれない。

王子さまはキツネに責任があるから、決して自分から去ることはない。

どんなにIQが高くても、発達を許されなかった 6 歳児の情緒が悲鳴をあげているのが聞こえるようで、胸が苦しくなる場面です。

 

シーラはどんなに心身を傷つけられても、決して泣かない子どもでした。

なぜなら涙を流すということは、「自分が傷ついている」という事実を認めることに他ならないからです。涙さえ流さなければ自分は誰からも「傷つけられない」。

そんな少女もトリイの前ではじめてその涙を流すことを覚えます。

 

忘れてはいけないことは、シーラは、 3 歳のこれもまたなんの罪もない男の子を悲惨なやり方で傷つけているという事実です。

彼女の生い立ちや類まれな知性、そして情緒も安定していることを理由に、トリイは裁判を起こし、シーラを普通の生活にとどめることに成功します。勝訴です。

しかし私は裁判後、廊下に残された少年の両親のことを思うとたまらない気持ちになります。トリイ自身も「あの両親に声をかけたい。でもかける言葉が見つからない」と語っています。シーラは許された。でもその少年のこれからの人生は?そしてその両親の思いは一体どこにむけられるのでしょう。

暴力とはかくも恐ろしく、関わるひとたちの人生を狂わせてしまうものです。

 

この物語は単純なハッピーエンドではなく、その後のシーラを追った「タイガーと呼ばれた子」という続編にもあるように、傷ついた子どもに愛を教える残酷さについてもつきつけてきます。

誰もが人の人生に100%関わることも、守り続けることもできない。

たとえ実の親であっても、子どもを抱きかかえて一生歩けないように。

できることは、関わった人が少しでもその人の人生を愛し、全うすることができるよう力を貸すこと、力がないのなら少なくともその生き方を邪魔しないことです。

そして何より自分自身が、与えられた自分の人生をいかに愛していくかにすべてがかかっていると思います。

 

私は人生を惰性で生きていると感じた時、無性にトリイ先生に会いたくなって、その著書にふれることが、ここ何年も続いています。                 (M)

 

 


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