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非言語のコミュニケーション
福祉的な視点で援助が必要な人は本当に多いと思う。
だが、援助といっても積極的に介入するようなものばかりではないし、じっくりと長い時間をかけてその変化を見守るようなこともある。
しかし、命の危険が迫るほどの緊急性のあるケースもある。が、緊迫した状況は突然おこる場合ばかりではない。
やはり長い時間をかけてその状況に今なってしまったということのほうが多いように思う。
事故的なものでなければやはりその人の人生そのものの集大成が「今、このとき」なわけである。
緊急性の高い「今」というときを迎えている人は、それまでおそらく非言語のコミュニケーションで何かを訴えていたであろう。
子どもなら「荒れて」いたかもしれないし、反対に「元気がなかった」かもしれない。女性なら生理が不順になったり、いらいらしたり。
そして多いのが「沈黙」のコミュニケーションが増えることだ。黙ってときを過ごす。黙ってやりすごす。
何にも反応できない、反応したことを表現しなくなる。沈黙は非言語のコミュニケーションのポイントである。
私たちは通常、言語をとおして多くの情報を得て、言葉をとおして何かを表現する。
でもそればかりでないことを見落としてはいけないと思う。
言葉にならない何かを感じ取る敏感さを一市民として持ち続けなければと思う。